井原西鶴の浮世草子(うきよぞうし)「世間胸算用」に、大勢が左右に分かれて言いたい放題、ののしり合う場面がある。「お前は餅がのどに詰まっておだぶつだ」「お前なんぞ、鬼に漬物にされろ」……。辛辣(しんらつ)だが、けんかではなく神社の祭事の描写(びょうしゃ)である▼参詣する人が故意(こい)に悪口を言い合う「悪口祭(あっこまつり)」や「悪態祭」などと呼ばれる祭りは、いまも各地に残っている。日ごろ積もったものを発散しつつ、言い勝った者が福運(ふくうん)を得るという習わしが多いそうだ▼さて国会に目をやれば、与野党共催の「悪口祭」が、このところ随分かしましい。「議会の華」といわれるヤジである。特に党首討論は晴れ舞台とみえ、轟々(ごうごう)とわき起こる。あまりの聞き苦しさに国民から批判がわき、双方が自制を申し合わせた▼品格ばやりの昨今(さっこん)だが、ヤジは騒々しいばかりで品がない。寸鉄人を刺す機知(=機智きち)もない。それらが備わってこその「華」だろう。でなければ、デシベルの単位で計測(けいそく)される物理的な騒音と変わらない▼〈菅(すが)直人の鼻の向こうにいる議員野次(やじ)に飽きたか二度も欠伸(あくび)す〉と今月の朝日歌壇にあった。子どもっぽい、締まらぬ姿を、テレビを通して国民は見ている。〈議事堂で歳費を食ってるやじの群れ〉と、こちらは小紙川柳欄▼党首討論の元祖、英国のチャーチル元首相は「議会の目的は殴り合いを議論に代えること」だと言っていた。裏を返せば、議会は言葉の格闘技(かくとうぎ)場にほかならない。正々堂々の切り結びと、華の名に恥じない「ヤジ道」を、きょう午後からの麻生・鳩山討論で見たいものだ。 http://www.asahi.com/paper/column.html
単語
井原西鶴(いはらさいかく)
江戸前期の浮世草子、浄瑠璃作者、俳人。
世間胸算用(せけんむねさんよう)
浮世草子。五巻。井原西鶴作。1692年刊。大晦日を中心に展開する中下層町人の経済生活の悲喜劇を描いた短編集。
ののしり④
罵ること。大声で非難する。
詰まる(つまる)②
ある空間にものがすきまなくいっぱいはいる。時間や抽象的なことにも用いる。
おだぶつ②
お陀仏。死ぬこと。物事に失敗してだめになること。
参詣(さんけい)0
神社やお寺にお参りすること。貴人のもとを訪れること。
習わし(ならわし)0
これまでの習慣となってること。風習。
目を遣る(めをやる)
目を向ける。見る。
かしましい④
耳鳴りでうるさい。やかましい。かしがましい。
ヤジ
野次る。他人の動作や発言などに、からかいや非難の言葉を浴びせる。奚落嘲笑。
晴れ舞台
大勢の前で何かをする名誉な場面。正式的舞台
寸鉄人を刺す(すんてつひとをさす)
小さな刃物で人を殺す。ごく短い言葉で人の急所(致命處、要害)をつく。
デシベル 分貝
欠伸(あくび)哈欠
締まらぬ(しまらぬ)
=締まらない。きりっとしたところがない。しまりがない。かっこうがわるい。鬆懈
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