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明治の初めに東京や横浜に設けられた郵便箱(ポスト)は黒塗りだった。「郵便」という言葉が珍しく、「たれべん」と読み違えた人が立ち小便を放ったというのは本当のことか。138年前に郵便制度が始まったころの話である▼制度をつくった前島密(ひそか)は無私な人だったらしい。事業を軌道(きどう)に乗せて官界(かんかい)を去るとき、知人(ちじん)らは「もう少しで恩給をもらう資格ができる」と止めた。しかし前島は笑って身を引いた。淡々とした人柄が、古い遺稿集『郵便創業談』からうかがえる▼その清廉の人が、さぞや嘆(なげ)いているだろう。障害者向けの郵便割引制度が悪用された事件は、厚生労働省の局長の逮捕に発展した。障害者団体の実態がない組織に、偽造の「お墨付き」を与えていた疑いだという▼看板に偽りありを「羊頭狗肉(ようとうくにく)」と言う。不正は、いかがわしい団体に中身をごまかす羊の頭を与えたようなものだ。局長は否認しているそうだが、ならば誰の意思と行為が不正を生んだのか▼「政治案件」という言葉が、またぞろ聞こえてくる。官界の用語で、政治家の口添えのある頼まれ事の意味だ。最も憂うべきは、誰にも犯意のないまま偽造証明書が作られた場合だろう。それは政と官のなれ合いから、役所という組織そのものが産み落とした不正にほかならない▼局長は文字通りのキャリアウーマンで、舛添厚労相は「働く女性にとって希望の星だった」と言う。残念ながら、すでに過去形である。このまま事が進むなら、前島と違って後味の悪い、志半ばでの挫折ということになる。  http://www.asahi.com/paper/column.html 

単語

恩給(おんきゅう)0

一定年限勤続後退職した公務員および旧軍人、またはそれらの遺族に国が恩給法に基づいて支給する年金または一時金。

遺稿(いこう)0

未発表のまま死後に残された原稿。

清廉(せいれん)0

心が清らかで、私欲のないこと。

さぞや① 副詞

「さぞ」を強めた語。一定、想必。ほんとうにそんなにも。

墨付き(すみつき)②④

(紙などの)墨の付き具合

偽り(いつわり)0④

偽ること。

いかがわしい⑤

道徳上よくない。怪しげだ。疑わしい。

またぞろ0

またまた。またしても。

口添え(くちぞえ)0

ある人の依頼、交渉などがうまく行くように、はたから言葉を添えてとりなすこと。美言、好話

犯意(はんい)①

罪を犯そうとする意思。法律に特別の規定のないかぎり、犯意のない行為は罰せられない。

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