群雄が相争った戦国時代、わが名を早く世に広めようと、奇抜な名を名乗って戦場を駆けめぐった武士もいたらしい。抱腹絶倒の珍名が色々あって、当時の武士たちのユーモア感覚には舌を巻く▼たとえば滝沢馬琴(ばきん)の『燕石(えんせき)雑志』によれば、尤道理之介(もっとも・どうりのすけ)という武士がいて、戦場で名乗りを上げると敵も味方も大笑いしたそうだ。そのことを井上ひさしさんの随筆(ずいひつ)に教わったが、どんな喧嘩(けんか)も「理のあるなし」は大切だ。いくさの前に叫ぶには、悪くない名前だったろう▼さて、日本郵政の社長人事をめぐる世論をみると、現代の「道理之介」は西川社長ではなく、大臣を辞めた鳩山(はとやま)さんのようだ。「世の中、正しいことが通らない時がある」「潔く去る」。鳩山氏の言葉は、義憤を込めて意気軒高だ▼英雄気取りと陰口もきかれるようだが、ロマン主義者なのだろう。自らの言動への美意識も強いとお見受けする。負けを承知で「正義」を曲げず、ついに詰め腹という「滅びの美学」は、判官びいきの国民性に訴えたかも知れない▼反対に麻生首相は、また指導力に落第点がつき、敵(かたき)役にもなった。鳩山流美学に対し、現実的に処するしかなかった。もとは盟友である。泣いて馬謖(ばしょく)を斬(き)ったのか、それとも怒り心頭か。ともあれ国民そっちのけの内紛劇である▼もう早く選挙をするにかぎる。民意の賞味期限をごまかす防腐剤(ぼうふざい)は限度をこえた。政策をぶつけ合い、どの党や候補者が「尤道理之介」かを国民に決めさせてほしい。どこが勝つにしても、政治の梅雨明けは早いほうがいい。 http://www.asahi.com/paper/column.html
単語
群雄(ぐんゆう)0
多くの英雄たち。
奇抜(きばつ)0